バーベキューでいちばん盛り上がるのは、いつだと思いますか。お肉が焼き上がった瞬間、と答える方が多いかもしれません。もちろんその一口は最高です。じゅわっと脂の弾ける音がして、みんなの顔がほころぶ、あの瞬間はやっぱり格別ですよね。でも、YORON BBQをやっていて個人的に「あ、ここだな」と感じるのは、じつは焼く前なんですよね。食材にラブ(スパイス)をまぶしていく、あの静かな10分です。派手さはないのですが、振り返ってみると、その日いちばん記憶に残っているのはこの時間だったりします。
「焼く」より前に、場は動きはじめている
従来のバーベキューって、火を起こすところから焼き上がるまで、どうしても「作る人」と「待つ人」に分かれてしまいがちなんですよね。誰かが汗をかいて網の前に立ち、ほかの人は飲みながら「まだかな」と待つ。それはそれで楽しいのですが、待っている側は、少しだけ蚊帳の外にいるような時間でもあります。話に入りそびれて、なんとなくスマホをのぞいてしまう。そんな瞬間に、心当たりのある方もいるのではないでしょうか。
そして焼き手のほうも、じつはずっと孤独です。網の前は熱いし、煙は目に入るし、後ろの会話は聞こえているのに入っていけない。ホストをやったことのある方なら、「自分だけ、この場を全然楽しめていないな」と感じたことが一度はあるはずです。作る人と待つ人という構図は、じつはどちらの側にも小さな寂しさを配ってしまうんですよね。
YORON BBQでは、この構図をそっと崩したいと思っています。蓋付きグリルでじっくり火を通すスタイルなので、焼いている間は誰かが張りつく必要がありません。そのぶん、みんなの手が空きます。そこで生まれるのが、焼く前に一緒に下ごしらえをする時間なんです。お肉にラブをすり込む、杉板を水に浸す、野菜を切って並べる。ひとつひとつは地味な作業なのですが、これを何人かで分け合うと、不思議と場の温度が変わっていきます。役割が自然にばらけて、気づけば全員がどこかで手を動かしている。誰も「待つ人」ではなくなっているんですよね。
スパイスの缶が回りはじめると、場がほどける
具体的な情景でお話しさせてください。テーブルにトレーを並べて、そこに肉と野菜を出す。誰かがラブの缶を開けると、ふわっと甘い香りが立ちのぼります。パプリカと砂糖の焦げる前の匂い、と言えばいいでしょうか。この香りが立った瞬間に、その場の姿勢が少しだけ変わるのが、毎回おもしろいんです。座っていた人が立ち上がる。腕まくりをする人が出てくる。
そこから先は、ほとんど何も指示しなくても進んでいきます。「これ、どのくらいかければいいですか」と誰かが聞くと、隣の人が「けっこう、たっぷりで大丈夫みたいですよ」と答える。答えた人も、じつは前回教わったばかりだったりします。缶が手から手へ渡り、トレーがひとつ、またひとつ埋まっていく。会話は途切れがちなのに、沈黙が気まずくない。手元に作業があると、人は黙っていられるんですよね。この「黙っていられる」というのが、じつはとても贅沢なことだと思っています。
杉板を水に沈める係の人は、板が浮いてこないように重しを探しはじめます。野菜を切る人は、包丁がないと気づいて誰かに借りにいく。段取りの穴を、その場にいる人が勝手に埋めていく。この「勝手に埋まっていく」感じが出てきたら、その日はもう成功だな、といつも思います。
手を動かした人ほど、深く味わえる
面白いもので、自分でラブをまぶした一皿は、ただ出されたものよりもずっと美味しく感じます。個人的には、これは味覚の話であると同時に、没入の話だと思っているんですよね。ほんの少しでも自分の手が関わっていると、その料理に「参加」したことになる。焼き上がりを待つ気持ちも、他人事ではなくなります。「あれ、自分がまぶしたやつ、どうなったかな」と、つい鉄板をのぞきにいきたくなる。その小さな前のめりが、場全体をゆるやかに温めていくように感じます。
だから、仕込みを分け合うのは、ホストが楽をするための工夫ではありません。むしろ逆で、その日の体験の深さを、全員に配るための工夫なんです。ひとりで完璧に仕込んで、完璧な状態で出す。それはたしかに美しいのですが、そうすると味わえるのは「おいしい」までなんですよね。自分の手が少しでも入っていると、その先の「あの日、みんなで作ったな」というところまで届く。同じ料理でも、残るものが変わってきます。
SLOW FIREが本当に届けたいのは、その先の余白
私たちがSLOW FIREという言葉で大切にしたいのは、「美味しい」の一歩先です。おいしさは、いわば入り口。そこで満足して帰るのではなく、場の空気が変わっていく感覚まで一緒に持ち帰ってもらいたいと思っています。同じ火を囲んで、同じものに手を触れて、同じ時間をかける。言葉を無理に探さなくても、それだけで距離が縮まっていくのを何度も見てきました。初対面の方同士でも、帰るころにはすっかり打ち解けている、なんてこともよくあります。
そしてこの感覚は、急いでいるときには絶対に生まれません。ここが「SLOW」の一番の理由だと思っています。効率だけを考えれば、仕込みは前日に主催者が全部済ませておくのが正解です。当日は焼くだけ。時間も短くて済むし、失敗も減る。でもそうやって削ぎ落とした10分のなかにこそ、人と人が近づくための余白があったりするんですよね。火をゆっくり扱うというのは、じつは時間の使い方の話というより、人の扱い方の話なのかもしれません。
AI時代に、人が集まる意味はどんどん問い直されていくと思います。情報を得るためだけなら、集まる必要はありません。それでも私たちが火を囲むのは、手を動かしながら同じ場所にいる時間そのものが、代わりのきかないものだからです。仕込みの10分は、その一番わかりやすい入り口だと思っています。
ちょっとした技術が、会話のきっかけになる
仕込みには、ささやかなコツもあります。たとえば杉板は、焼く前に30分ほど水に浸しておくと、板が燃えずに食材へ香りだけを移してくれます。ラブは焼く直前ではなく、少し早めにまぶして落ち着かせたほうが、表面になじんでくれます。火の通し方も、鶏はしっかりめ、豚はそのつぎ、牛は軽めと、素材ごとにゴールの温度が違うんですよね。こうした小さな知識を、その場で「へえ」と言い合いながら共有する。それ自体が、いいおしゃべりのネタになります。誰かが知っていることを、誰かが受け取る。教える・教わるの垣根がゆるいのも、仕込みの時間ならではです。
知らない人同士でも、手元に作業があると会話がはじまりやすいものです。「これ、どのくらいまぶすんですか」の一言から、気づけば笑い合っている。手を動かしていると、目を合わせて話し続けなくてもいいぶん、かえって肩の力が抜けるのかもしれません。仕込みは料理の準備であると同時に、人と人の準備でもあるんだな、といつも思います。もっと体系的に学びたくなったら、ACADEMYでレッスンをのぞいてみるのもいいですよ。
今日からできる、小さな一歩
もしご自身でバーベキューを主催する機会があったら、ひとつだけ試してみてほしいことがあります。仕込みを、あえて全部終わらせないでおくことです。
- 肉と野菜は切っておいて、味つけだけ残しておく。ラブの缶をテーブルに置いて、「よかったら好きにかけてください」と言ってみる。
- 杉板を水に浸す、串を刺す、野菜を並べるといった「失敗のしようがない作業」を、2〜3個だけ空けておく。誰でも入りやすい入り口になります。
- 作業をお願いするときは、指示ではなく「一緒にやりませんか」と声をかける。手伝いではなく参加になると、空気が変わります。
たったこれだけで、当日の景色はけっこう変わります。うまくいかない日もありますが、それも含めて話のタネになるので大丈夫です。ホストとして完璧に段取るより、少し余白を残しておくほうが、結果的にいい会になることのほうが多い気がしています。
いちばん静かで、いちばん近い10分
焼き上がった瞬間の歓声も、もちろん大好きです。でも、その手前にある、みんなで黙々と手を動かすあの10分こそ、YORON BBQがいちばん大切にしたい時間なのかもしれません。派手ではないけれど、たしかに距離が縮まっていく。無言でも心地よい、そういう場です。効率を求めるなら省いてしまいそうな時間ですが、その手間のなかにこそ、SLOW FIREが大切にしたいものが詰まっている気がします。
もし少しでも気になったら、まずは焼き手として構えず、仕込みから一緒に手を動かしにきてください。うまく焼けるかどうかは、正直それほど大事ではありません。ラブをまぶす手つきがぎこちなくても、それがまた笑いのきっかけになります。次の月1BBQで、ラブをまぶすところからご一緒できたら嬉しいです。