BBQをやろうと決めたとき、いちばん最初に湧いてくるのって「いい肉、どこで買おう」だったりしませんか。分厚い塊肉の写真を思い浮かべて、専門店やお取り寄せのサイトを開いて、送料まで含めていくらになるかを電卓ではじいて——。個人的には、その時間そのものが、けっこう楽しかったりもするんですよね。休みの前の夜に、あれもいいなこれもいいなと迷っている時間には、当日を先取りするようなわくわくがあります。でも、いざ準備を重ねてきて思うのは、そこに力を入れすぎると、肝心の当日が少し窮屈になるということでした。買い物のハードルが高いと、その日のためだけの特別なイベントになってしまって、次がなかなか来ないんです。

今日は、YORON BBQがなぜ「普通のスーパーの食材で、いい」と言い切っているのか。その理由を、隣で話すくらいの温度でお伝えできたらと思っています。読み終わったころに、次の週末のハードルがちょっと下がっていたら、それがいちばんうれしいです。

塊肉ひとつでは、食卓は完結しないんです

大きな塊肉がドンと一つ。たしかに登場した瞬間の「おおっ」はすごいんです。網の上でじゅうと音を立てて、脂の香りが立ちのぼって、みんなが自然と一歩前に出てくる。写真も映える。でも、それだけで数時間の食卓が最後まで持つかというと、正直そうでもなくて。最初のひと切れふた切れは歓声が上がるんですが、しばらくすると、みんな少しずつ箸が止まってくるんですよね。同じ味が続くと、舌のほうが先に満足してしまうんだと思います。

これは僕らの好みの話というより、たぶん日本で暮らす人の食べ方の癖なんだと思います。少しずつ、いろんな種類を、熱々で。焼き鳥屋さんでも居酒屋さんでも、小皿がたくさん並ぶほうが落ち着く。一種類をひたすら、というより、あれもこれもちょっとずつ、が心地いい。次は何を焼こうかと相談している時間そのものが、実は場を温めてくれてもいます。だからYORON BBQでは、肉を2〜3種類に、そこへ副菜やシーフードを添えて、多品種でいくことを基本にしています。

そしてここが大事なところなんですが、多品種でいこうと決めた瞬間、話は逆にラクになるんです。一点豪華主義だと、その一点の質がすべてを決めてしまう。もしその肉がいまひとつだったら、その日全体の記憶までいまひとつになってしまいます。でも品数で組み立てるなら、一つひとつは背伸びしなくていい。どれかが控えめでも、別のひと皿がちゃんと拾ってくれる。いつものスーパーの棚が、そのまま主役の候補になってくれるんですよね。

いつもの棚に、驚きは眠っています

スーパーの食材って、地味に見えて実はよく出来ています。鶏もも、豚バラ、厚揚げ、季節の野菜。特別なものは何もない。でも蓋付きグリルの間接熱でじっくり火を入れて、そこにラブ(スパイスミックス)をまとわせると、いつもの鶏ももが「これ、どこの肉?」という顔で戻ってきます。同じ食材なのに、焼き方ひとつで別のものみたいになる。この瞬間の、みんなのちょっと驚いた顔が、僕はとても好きなんです。

先日、茨城のほうでBBQをしたときに、地元の直売所にれんこんがあったので、グリル野菜として焼いてみたんです。これがびっくりするくらいおいしくて。れんこんなんて、普段はきんぴらか煮物のイメージしかなかったのに、炭の熱でじんわり火が通ると、甘みが立ってホクホクになる。輪切りの断面がほんのり色づいて、かじるとしゃくっと歯が入る。特別なものを取り寄せたわけじゃなくて、その土地の棚にあったものを、ただ蓋を閉めて焼いただけなんですよね。旬のものが安く積まれている棚こそ、いちばんの宝箱なのかもしれません。

味づけも同じで、鶏肉に塩とラブのバージョンと、ザラメを使った甘いバージョンを両方用意しておくと、それだけで食卓の表情がぐっと増えます。同じ鶏ももが、二つの顔を持つわけです。うちの娘なんかは、辛いラブのほうには手を出さないのに、ザラメのほうはよく食べる。子どもがいる会だと、この一手間がじわっと効くんです。大人は塩とラブでお酒を進めて、子どもは甘いほうをぱくぱく。ひとつの網で、みんなの「おいしい」がそろう。パン粉をアルミホイルの上でカリッと焼いて肉にまぶすと、半分揚げ物みたいな感覚になったりもして。どれも、レジで特別なものを買った記憶がないくらい、普通の材料です。

技術は、ちゃんとある。だから食材は背伸びしなくていい

誤解のないように言っておくと、食材を普通にできるのは、道具と火のロジックがしっかりしているからなんです。ここは手を抜いていません。むしろ、ここだけは徹底しています。

YORON BBQの安全の基準として、火入れは温度で見ています。目安ではなく、これが標準です。鶏は中心までしっかり、豚もきちんと、牛は好みに合わせつつも芯まで冷たさが残らないように。焼き色や勘だけに頼らず、数字で確かめるからこそ、安心してみんなに出せるんですよね。杉板を使うときは、30分しっかり水に浸してから火にかける。こうやって土台を固めているから、その上に乗せる食材のほうは、いい意味で気楽でいられるんですよね。高い肉でリスクを埋めるのではなく、焼き方でおいしさを引き出す。火の配置や温度、熱源の考え方はACADEMYにまとめてあるので、もう少し踏み込みたい方はのぞいてみてください。

つまり、普通の食材でいいというのは「手を抜いていい」という話ではなくて、「力を入れる場所を、買い物から焼き方へ移した」ということなんだと思います。お金と気合いを注ぐ先を、レジの前から網の前へずらした、と言ってもいいかもしれません。

真似してもらえないと、文化にはならない

僕らがいちばん大事にしているのは、じつはここかもしれません。どこかの誰かが、この週末に「じゃあうちもやってみよう」と言えること。読んだその日に、スーパーの帰りに真似できること。

もし毎回、特別なお取り寄せの塊肉が前提だったら、その会は一度きりの非日常で終わってしまいます。すごいね、で拍手して、でも自分ではやらない。ハードルの高い趣味は、見て憧れて終わりになりがちです。それだと文化にはならないんですよね。「飲みに行こう」と同じ軽さで「今週末BBQしよう」と言い合える——僕らが目指しているのはそっちなので、再現できることがすべてなんです。近所のスーパーで揃うなら、見た人がそのまま真似できる。真似が広がって、はじめて日常になる。誰かの真似が、また別の誰かの入り口になっていく。その連なりが、文化と呼べるものの正体なんじゃないかと思っています。

与論島でYORON BBQをやるときには、その土地ならではの食材を使わせてもらうこともあります。でもそれは、島とそこに暮らす方々への敬意の表し方であって、YORON BBQが成り立つ条件ではないんです。定義の中心にあるのは、どこでも手に入るもので、ちゃんと驚きをつくれること。特別な食材がないとできない、では、広がっていかないですから。どこにいても再現できるからこそ、与論の一皿もよけいに特別になる。そう考えています。

今日からできる、小さな一歩

もし次にBBQをするなら、一つだけ試してほしいことがあります。肉のグレードを上げるのではなく、品数を一つ増やしてみてください。いつもの鶏ももに、厚揚げでも、旬の根菜でも、パン粉ひとつまみでもいい。予算はそのままで、種類だけ足す。そして同じ食材に味づけを二種類用意してみる。塩とラブ、それと甘いザラメ。それだけで、食卓のおしゃべりが変わるはずです。どっちが好き、と言い合っているうちに、自然と会話がまわりはじめます。

結局のところ、僕らがBBQで届けたいのは「おいしい」の一歩先にある、場の空気なんですよね。同じ火を囲んで、言葉を無理に探さなくても心地いい時間。炎を見ているだけで、なんとなく黙っていても気まずくない、あの感じ。そこへ行くのに、特別な食材は要らないんです。いつものスーパーの袋を提げて、気楽に集まれること。それがいちばん強いと、いまは思っています。

月に一度、誰でも手ぶらで来られる会をひらいています。特別な準備は何もいりません。いつもの棚の話を、火を囲みながら続きしましょう。よかったら、次のBBQでお会いできたらうれしいです。