バーベキューをしていると、こんな瞬間があるんですよね。まわりの人が「手伝いたいんだけど、何をしていいか分からない」という顔で、火のそばに立っている。悪気はまったくなくて、むしろ関わりたい気持ちはある。でも一歩が出ない。焼いている僕らのほうも、つい「大丈夫です、座っててください」と言ってしまう。気を遣い合っているうちに、場がなんとなく二層に分かれていく。焼く人と、待つ人に。

夕方の斜めの光のなかで、炭がぱちぱちと小さな音を立てて、煙がまっすぐ立ちのぼっていく。そういうときにこそ、ほんとうは全員が同じ火を囲んでいてほしいのに、見えない線が一本、地面に引かれているような気がするんです。この小さな距離を、どうやったらほどけるんだろう。ずっと考えていて、答えのひとつが、実は言葉のなかにありました。僕らがスパイスを「ラブ」と呼んでいる、あの呼び名です。

「スパイスをかける」と言った瞬間、それは作業になる

ためしに、頭のなかで二つの言葉を比べてみてほしいんです。「肉にスパイスをかけておいてください」と、「この肉に、ラブをまぶしてもらえますか」。伝えている中身はまったく同じなんですよね。塩やハーブの混ざった粉を、肉の表面にすり込む。ただそれだけの動作です。

でも、受け取る側の心持ちが、微妙に変わるんです。「スパイスをかける」は、どこか手順の指示に聞こえます。正解があって、間違えたら悪いな、という緊張がうっすら乗る。いっぽうで「ラブをまぶす」は、ちょっと笑ってしまうくらい肩の力が抜けるんですよね。まぶすって、量も塗り方もその人しだいでいい感じがする。正解を探さなくてよくなる。個人的には、この「正解を探さなくていい」という許可こそが、人の手を動かす合図になっているんじゃないかと思っています。

言葉ってふしぎで、動作そのものは変えないのに、その動作に流れる空気を変えてしまう。命令だったものが、遊びになる。作業だったものが、その人の表現になる。呼び名をひとつ替えるだけで、これが起きるんです。考えてみると、僕らは日々たくさんの「呼び名」に動かされていますよね。「仕事」と言われるとかまえてしまうことも、「ちょっと手を貸して」と言われると自然にからだが動く。言葉は、その中身よりも、まとっている温度で人を動かしているのかもしれません。

名前がやわらかいと、失敗という概念が消える

スパイスという言葉には、どこか「調合の正解がある」という響きがあります。プロが配合を管理している、素人が触ると台無しにするかもしれない。そういう身構えを、無意識に呼び込んでしまう。

ところが「ラブ」だと、その身構えがすっと消えるんですよね。愛情なんだから、多くても少なくてもいい。むしろその人らしさが出たほうが面白い。だから僕らのバーベキューでは、まわりの人に野菜をお願いするとき、こんなふうに言うようにしています。「オリーブオイルと塩こしょうを回しかけて、あとは好きなラブを、好きなだけ入れてみてください」と。

そうすると、さっきまで手持ち無沙汰だった人が、急にジップロックを振りはじめる。「これ、どれくらい入れていいんですか」と聞かれることもあります。そのとき僕が返すのは、たいてい「その人の好みでいいですよ」の一言だけ。すると相手はちょっと迷って、えいっと多めに入れて、袋を振って、笑う。その瞬間に、待つ人だったはずの誰かが、作り手のひとりに変わっているんです。

おもしろいのは、「失敗」という言葉が、その場からふっと消えることなんですよね。ラブが多めに入った肉は、ただ「その人らしい濃いめの味」になるだけ。少なめでも「やさしい味」になるだけ。どちらも正解で、どちらもその日の思い出になる。名前がやわらかいと、うまい・へたの物差しそのものが要らなくなる。だからみんな、安心して手を伸ばせるんだと思います。

これはハウツーではなくて、場の空気の話なんですよね。ACADEMYのほうで火の配置や温度のことはきちんとお伝えしていますが、ラブという呼び名がやっているのは、そういう技術の手前にある、心のハードルを下げる仕事です。ちなみに衛生面については、生肉を触った手やトングの扱いなど、基本のところはいつも徹底しているので、安心して手を動かしてもらえたらうれしいです。

言葉は、場の役割をそっと組み替える

SLOW FIREで僕らが本当に届けたいのは、実は「おいしい」の一歩先なんです。味そのものよりも、その場の空気がふっと変わる感じ。会話の質が変わったり、無理にしゃべらなくても居心地がいい時間が生まれたり。焼き手がヒーローになって全部抱え込むのではなくて、そこにいる全員が少しずつ火に関わっている状態。そういう場を作りたいと思っています。

その意味で、「ラブ」という呼び名は、味付けの道具であると同時に、役割をやわらかく組み替える道具でもあるんですよね。「かけておいて」だと指示になってしまうけれど、「ラブをまぶして」だと、お願いというより誘いになる。一緒にやろうよ、という手ざわりが言葉に乗る。焼き手と参加者という線が、まぶしている手のあたりで、すっと薄くなっていくんです。

役割って、案外かんたんに固まってしまうものなんですよね。最初に焼きはじめた人がずっと焼き手で、最初に座った人がずっとお客さん。誰も望んでいないのに、なんとなくその形で夜が終わっていく。でも、言葉ひとつでその配役はほどけます。「ラブ、まぶしてみます?」の一声で、お客さんだった人の肩書きがふっと外れる。言葉は、場のなかの役割を、そっと組み替えてくれるんです。

言葉が場を変えるというのは、大げさな話ではありません。ほんの小さな言い替えなんですよね。でも、その小さな言い替えが、「見ている人」を「参加している人」に変える。僕らにとってバーベキューは、AIで生活が便利になっていくこの時代に、人と人がもう一度ちゃんと同じ火を囲むための場所でもあります。だからこそ、そこで交わす言葉ひとつにも、こだわりたいなと思っているんです。

今日から試せる、ひとつの言い替え

もしこの週末にバーベキューをする予定があるなら、ひとつだけ試してみてほしいことがあります。誰かに何かをお願いするとき、指示の言葉を、誘いの言葉に替えてみるんです。

「これ切っといて」ではなく「一緒に切りませんか」。「タレをかけて」ではなく「好きなだけラブをまぶしてみて」。中身は同じでいいんです。変えるのは動作ではなくて、言葉のまとう空気のほうです。個人的な感覚ですが、これをやると、その人の関わり方がほんの少し前のめりになる。自分で選んだ、という手ざわりが残るからだと思います。好きな野菜を持ってきてくれた人が、いつもより深くその場に入り込んでくれる。あの感じと、根っこは同じなんですよね。

そしてこれは、たぶんバーベキューの外でも効くんです。家の食卓でも、職場でも、「やっておいて」を「一緒にやろう」に替えるだけで、相手の顔つきが少し変わる。言い替えは、道具もお金もいらない。今日その場で、口の動かし方をほんの少し変えるだけで始められます。まずは火のそばで、小さく試してみてほしいなと思います。

呼び名は、ただのラベルではなくて、場の入り口だったりします。「ラブ」という言葉に僕らが込めたのは、そんな、手を動かしていいんだよという静かな合図でした。

火のそばで、言葉を交わしにきませんか

YORON BBQでは、月に一度、誰でも手ぶらで参加できるオープンな会をひらいています。うまく焼けるかどうかは、正直あまり気にしなくて大丈夫です。ラブをまぶす手つきも、火のそばでの何気ないおしゃべりも、全部ふくめてバーベキューだと思っているので。はじめましての人どうしが、袋を振りながらいつのまにか笑い合っている。そういう景色を、僕らはいちばん大事にしています。もしよかったら、月1BBQで、一緒に袋を振るところから始めてみてください。言葉ひとつで場がほどけていく、あの感じを、ぜひ火のそばで味わってもらえたらうれしいです。