用件を伝えるだけなら、もう会わなくてもよくなりましたよね。メッセージを送れば数秒で届きますし、顔を見て話したいときも画面越しで足りてしまう。それどころか、これから先はAIが要約もしてくれるし、間に立って言葉を整えてもくれる。便利になったなあと、個人的には毎日のように感じています。
でも、便利になればなるほど、ふしぎと減っていくものがあるんですよね。「用がないのに一緒にいる時間」です。会う理由がなくても集まっていた、あの手持ちぶさたな時間が、気づけばずいぶん貴重なものになってしまった。今日は、YORON BBQが最後の最後に届けたいと思っている、そのあたりの話を書かせてください。
「飲みに行こう」が言いにくくなった、その代わりに
大人になると、集まる理由をいちいち探すようになります。子どもがいたり、住んでいる場所がばらばらだったり、そもそも室内で長く話すのはちょっと窮屈だったり。「飲みに行こう」と言うほどの用でもないし、「ランチしましょう」だと軽すぎる。そうこうしているうちに、会いたい人ほど会えなくなっていく。心当たりのある方も多いんじゃないでしょうか。
ところがBBQには、その「用がなくても集まっていい」という空気が、なぜか最初から備わっているんですよね。「〇〇さんのBBQがすごくおいしいから、一回来てみませんか」——この誘い方には、押しつけがましさがありません。しかも一度やると「次はいつやる?」という話が、こちらから振らなくても自然に出てくる。会う理由を探すのではなく、会うこと自体が理由になる。個人的には、これがBBQの一番あなどれないところだと思っています。
実際、退職したかつての同僚とのBBQ、ふだんはリモートで働いているメンバーとのBBQ、と「初めての会」が続いた時期がありました。どちらも、火がなければ一生実現しなかったかもしれない集まりです。用件ベースの連絡なら、たぶん「元気ですか」で終わっていた関係でした。
情報は運べても、火は運べない
AIが得意なのは、突きつめれば情報のやりとりです。言葉にできること、要約できること、遠くまで届けられること。ここはもう人間がかなうところではありません。だからこそ、逆に見えてくるものがあります。情報にならないもの、その場に行かないと受け取れないものが、これからどんどん値打ちを持っていくということです。
蓋を閉じたグリルの中で、肉がゆっくり火を受けている。その待っている数十分は、情報にすると「加熱中」の三文字で終わってしまいます。でも実際にそこにいると、三文字ではまったく足りない。炭のはぜる音がして、いいにおいが少しずつ濃くなって、誰かがなんとなく火のそばに寄ってくる。この時間そのものは、どうやってもデータにして送ることができないんですよね。
おもしろいのは、この待ち時間に交わされる会話が、たいてい用件じゃないということです。仕事の相談でもなければ、決めごとでもない。「これ、そろそろかな」「もうちょっとかも」くらいの、なくてもいいような言葉ばかり。でも、人と人の距離をいちばん縮めるのは、案外そういう言葉なんです。無理にしゃべらなくてもいい、黙っていても気まずくない。同じ火を見ているというだけで場が成り立つ。この「無言でも心地よい時間」こそ、画面越しには絶対に生まれないものだと思っています。
手を動かすと、人は「お客さん」でなくなる
もうひとつ、火を囲むことには不思議な力があります。手を動かした人は、その場の「お客さん」でいられなくなるんです。
たとえば、前の晩に野菜を切ってジップロックに入れ、当日の朝に持ってきてくれるメンバーがいます。パプリカは少し大きめ、ズッキーニは輪切り、玉ねぎは薄すぎない薄切り。味つけは当日その場でするので、家では切るところまで。ただそれだけのことなのに、持ってきてくれた人は、いつもより深くその会に入り込んでくれるんですよね。自分が選んで、自分が仕込んだものが、みんなの皿にのっていく。すると「食べさせてもらう側」から「一緒に作った側」へ、そっと立ち位置が変わる。
キッチンペーパーやまな板、包丁、ウェットティッシュといった、味には直接関係のないものを持ち寄るのも同じです。焼く人ひとりに準備が集中しないように、みんなで少しずつ荷物を分ける。負担を散らすための工夫ではあるのですが、やってみると、それ以上の効果がありました。ちょっとした役割があるだけで、人はその場の当事者になる。「参加する」と「居合わせる」は、まったく別のことなんだと、毎回のように思い知らされます。
これは、受け取るだけでは決して得られない感覚です。おいしいものを食べさせてもらうのは、たしかに幸せです。でも、自分の手が加わった場は、思い出の残り方がまるでちがう。AIが何でも代わりにやってくれる時代だからこそ、「あえて自分の手を動かした」という事実が、静かに効いてくる気がしています。
「飲みに行こう」を「BBQしよう」に変える、という使命
YORON BBQが目指しているのは、じつは焼き方のうまさを広めることではありません。「今夜飲みに行こう」と同じ軽さで「今週末BBQしよう」と言い合える、そんなカジュアルな文化をつくることです。手段としてアメリカンBBQのロジック——蓋付きグリルや間接熱を借りているだけで、本当に届けたいのはその先にある「集まりやすさ」なんですよね。
「YORON」という名前を冠しているのにも、理由があります。与論島には「飲みに行こう」がそのまま「BBQしよう」になっている、日本ではちょっと他に見当たらない文化があります。火を囲むこと、肉を焼くこと自体を、島の方々が心から楽しんでいる。その素地への敬意をこめて、この名前を選びました。島の風土の話はこちらにも綴っていますので、よければのぞいてみてください。
便利さが進むほど、人と人の間はうっかりすると希薄になっていきます。だからこそ、あえて同じ場所に集まって、同じ火を囲んで、手を動かす。そこにしか残らないものがある、と本気で思っています。ちなみに火の配置や温度、道具の使い方といった技術のことはACADEMYにまとめてありますが、今日いちばんお伝えしたかったのは、そこではなく「なぜわざわざ会うのか」のほうでした。
まずは、火のそばに立ってみませんか
むずかしい話をしてしまいましたが、始まりはいつも単純です。誰かが火を起こして、誰かが野菜を切って、なんとなく人が集まってくる。それだけです。
YORON BBQでは、月に一度、手ぶらで参加できるオープンな会をひらいています。焼き方を知らなくても、うまく話せなくても、まったく問題ありません。火のそばに立って、いいにおいをかいで、隣の人とどうでもいい話をする。会う理由なんて、あとからいくらでもついてきます。もしよかったら、次の火を一緒に囲みにいらしてください。お待ちしています。