初めての場所に足を踏み入れる瞬間って、けっこう緊張しますよね。知っている顔がひとりかふたり、あとは名前も知らない人たち。ドアの前で一度だけ深呼吸して、それから輪に入っていく。そういうとき、多くの人が心のどこかで「自分はここにいていいんだろうか」とそっと探っているものだと思うんです。声が大きいわけでも、居場所がないわけでもない。ただ、最初の数分だけは、みんな少しだけ手さぐりなんですよね。BBQの会も、まさにそういう瞬間の連続なんです。

僕らがYORON BBQで大事にしているのは、その最初の一瞬に何を手渡すか、ということです。結論から言ってしまうと、初めて来てくれた人にいちばん先に渡すのは、飲み物ではなくてトングなんです。ちょっと変に聞こえるかもしれませんが、これにはちゃんと理由があるんですよね。今日はその、ホストの小さな心得のようなものを、火のそばで隣に立って話すくらいの温度でお伝えできたらと思っています。

「お客さん」にしない、という最初の設計

ふつう、誰かを迎えるときはまず飲み物をお出しします。それはもてなしとしては正しいんですが、飲み物を受け取った人は、その瞬間にそっと「お客さん」になるんですよね。座って、出てくるものを待つ側になる。もちろんそれが心地いい場もたくさんありますし、疲れている日はただ迎えられたいこともあります。ただ、僕らがBBQで届けたいのは、出てきた料理を評価してもらうことではないんです。

トングを渡すというのは、「あなたもこの火の内側の人ですよ」という、ちいさな合図なんですよね。焼いてもらう、というほど大げさなことじゃなくていいんです。となりで玉ねぎをひっくり返してもらう、パプリカの焼け具合を一緒にのぞき込む。網の上でじゅうっと音が立って、湯気と一緒に甘い匂いが立ちのぼる。それだけで、待つ側と作る側の線がすっと消えていきます。人は、何かを手にして手を動かしはじめると、不思議と肩の力が抜けるものなんですよね。手が動いていると、無理に会話をひねり出さなくてもよくなる。それが、初めての人にはいちばんありがたい余白だったりするんです。

個人的に何度もBBQをやってきて感じるのは、いちばん打ち解けるのは食べている時間じゃなくて、焼いている時間だということです。火のそばには、会話が続かなくても気まずくならない空気があります。蓋を閉じたグリルが中で肉をゆっくり育てているあいだ、同じ火を見つめて「そろそろかな」なんて言い合う。答えなんて出なくてもいいんです。その無言の時間すら心地いい、というのがこの場のいちばんの贅沢だと思っているんですよね。

手渡す順番に、その人への態度が出る

渡すものの順番って、じつはその人をどう見ているかがそのまま出るんですよね。最初にトング、次にラブ(スパイス)の小瓶、そのあとに飲み物。この順番だと、初めての人は自然と火のまわりに立つことになります。飲み物を先に渡すと、たいていの人はテーブルのほうに座ってしまうんです。どちらが良い悪いではなくて、僕らが目指している「一緒に作る場」には、火のそばに立ってもらう最初のひと押しがいるんですよね。

この順番って、じつは言葉よりも雄弁なんだと思います。「あなたはゲストです」というメッセージも、「あなたもホスト側です」というメッセージも、口に出さなくても、手渡すものの順番だけで相手にちゃんと伝わってしまう。だからこそ、僕らはそこを少しだけ意識して設計しているんです。無理に距離を詰めるのでも、放っておくのでもなく、立つ場所をそっと用意しておく。それくらいがちょうどいいんですよね。

ラブを一緒にまぶす時間も、これと地続きです。焼く前のほんの少しのあいだ、肉や野菜にラブをすり込む。手が汚れて、香りが立って、自然と鼻がゆるむ。あの時間が、じつはいちばん静かに人と人の距離を縮めてくれるんです。同じボウルに手を入れて、同じ匂いをかいでいると、それだけで妙な連帯感が生まれるんですよね。渡す順番の設計は、こういう小さな時間をちゃんと用意するための段取りでもあるんです。ラブという呼び名にどんな思いを込めたかはクックブックのほうでも触れています。

役割をひとつ、そっと預ける

もうひとつ、初めての人にお願いしていることがあります。それは、何かひとつだけ「担当」を持ってもらうことなんです。野菜を切って持ってきてくれた人には、その野菜の焼き加減を見てもらう。飲み物に詳しい人には、氷の管理をお任せする。ほんの小さな役割なんですが、これがあるだけで、その人はその日「お客さん」ではなく「この会をつくった一人」になるんですよね。

以前、ある回でメンバーが野菜を切って持ってきてくれたことがありました。ただ切ってくるだけなんですが、その人は自分が好きな野菜を選んで買ってきてくれていて、当日のその人のBBQへの入り込み方が、いつもと明らかに違ったんです。「これ、自分が選んだやつなんですよ」と言いながら網にのせる横顔が、すごく嬉しそうで。人は、自分が少しでも手をかけたものには愛着がわきます。役割を預けるというのは、その愛着が生まれる入り口を、そっと用意することなんだと思っています。

だから焼き手が全部を抱え込まないほうが、場はむしろおいしくなるんですよね。ホストが完璧に一人でまわす会は、見ていて気持ちいいけれど、来た人は最後まで「見ている側」のままになりがちです。少しずつ手を放して、少しずつ渡していく。渡したあとに、少し焦げても、味が濃くても、それでいいんです。むしろその「ちょっとした失敗」を一緒に笑えたとき、その人はもう完全に輪の内側にいます。手放しの積み重ねが、初めての人を輪の内側に招き入れていくんですよね。

心地よさの裏で、静かに徹底していること

こうして「一緒に作る」ことを大事にしていると、手を動かす人が増えるぶん、目に見えないところの気配りも欠かせなくなります。とくに口に入るものを扱う場ですから、生の肉に触れた手とそのほかを分ける、こまめに手を清める、道具を清潔に保つ。このあたりは、楽しさの土台として当たり前に、そして徹底してやっているところなんです。

ここを丁寧にしておくからこそ、初めての人にも安心してトングを渡せます。「どうぞ、火のそばへ」と言える背景には、見えない段取りがいくつも積み重なっているんですよね。心地よさというのは、たいてい、その裏でだれかが静かに整えているものなんだと思います。楽しい空気と、きちんと整えられた土台。その両方があってはじめて、あの気楽な「今週末BBQしよう」が成り立つんです。

今日からできる、ひとつの小さな一歩

もしあなたがこれから誰かを迎える側に立つことがあったら、ひとつだけ試してみてほしいことがあります。初めて来た人に、いちばん先にトングか、それに近い「手を動かす道具」を渡してみてください。飲み物はそのあとでいいんです。「よかったら、これ見ててもらえますか」と、火のそばに立つ理由をひとつ手渡す。たったそれだけで、その人のその日の居心地はずいぶん変わると思うんですよね。BBQでなくてもいいんです。台所でも、机の上でも、何か一緒に手を動かせるものを差し出す。その小さな一歩が、相手の「お客さん」の鎧を、そっとほどいてくれます。

YORON BBQがほんとうに届けたいのは、じつは焼き方のうまさじゃないんです。「今週末、BBQしよう」と気軽に言い合える関係が、あちこちに生まれること。誰かが誰かにトングを渡して、その人がまた次の初めての人にトングを渡していく。そんなふうに、内側の人がゆっくり増えていくこと。そのために、新しい人が輪に入る最初の一瞬を、僕らはこれからも丁寧に設計していきたいと思っています。

月に一度、誰でも手ぶらで来られるオープンな会をひらいています。初めての方こそ、いちばん先にトングをお渡しします。うまく焼けなくても、会話が続かなくても、まったく問題ありません。ただ火のそばに立って、同じ煙を見上げてもらえたら、それでもう十分なんです。よかったら、火のそばに立ちに来てくださいね。開催の予定はこちらから、そっとのぞいてみてください。