BBQにハマると、たいていの人が同じ道を通ります。最初は借り物のグリルひとつで満足していたはずなのに、気づけばトングを二種類そろえ、温度計を買い、専用のチャコールスターターを探し、次はどのメーカーのグリルにするかで夜な夜な検索している。あの感じ、個人的にはすごくよく分かるんですよね。届いた箱を開けるときの高揚も、道具を選んでいる時間そのものも、それだけで十分に楽しいものですから。

ただ、たくさんの会を重ねてきて、ひとつ実感していることがあります。道具を増やせば増やすほど、なぜかBBQそのものはつまらなくなっていく瞬間がある、ということなんです。買い足した数と、その日の満足度が、どこかで逆向きにすれ違っていく。今日はその不思議な感覚の話を、隣で話すくらいの温度で書いてみたいと思います。

道具が増えると、火より道具を見てしまう

新しいギアを持ち込んだ日のことを、少し思い出してみてください。おそらく、その道具の使い心地ばかりが気になっていたはずです。温度計をようやく買った日は、蓋を開けるたびに数字をのぞき込んで、隣にいる人の話が半分くらいしか耳に入っていなかったりする。せっかく火を囲んでいるのに、視線が手元のディスプレイに吸い込まれてしまうんですよね。道具は本来、火と食材のあいだを助けてくれるものなのに、いつのまにか主役の座を奪ってしまうことがあるんです。

私たちがBBQで本当に届けたいのは、じつは「うまく焼けた」という結果ではありません。同じ火を囲んで、会話がやわらかくなって、無言の時間すら心地よくなる。炭のはぜる音や、肉の脂が落ちてふわっと立ちのぼる香り、日が傾いていく空の色。そういうものに全員の意識が自然と向いて、場の空気がほどけていく感じこそが核心だと思っています。だからこそ、道具に意識を持っていかれてしまうのは、けっこう本質的な損失なんですよね。手元のガジェットを見ている時間は、目の前の人を見ていない時間でもありますから。せっかく火を囲んでいるのに、そこだけ一人で作業をしているような、あの少しさびしい感じ。心当たりのある方も多いんじゃないでしょうか。

「何を買うか」より「何を買わないか」

道具選びって、つい「何を足すか」で考えてしまいます。あれがあれば、これがあれば、と足し算で膨らんでいく。でも、場を豊かにするうえで本当に効くのは、むしろ「何を買わないか」を決めることのほうだったりするんですよね。

たとえば私たちのまわりでは、ご飯を作るときに炭のグリルである必然性はそんなにない、という話でだいたい落ち着いています。炭は炭で最高の体験なんですけれど、火起こしに時間がかかって、その日の風や湿気にも左右される。安定して火を回して、目の前の人との時間に集中したいなら、ガスがいちばん扱いやすい。ここで大事なのは、「炭も、ガスも、あの高価な専用ツールも、ぜんぶそろえよう」とはしないことです。今日の会に必要なひとつを選び、あとは潔く持たない。そう決めると、準備も片付けも驚くほど軽くなって、その軽さがそのまま当日の余裕に変わります。荷造りの段階でため息が出るような会は、たいてい始まる前から少し疲れているものですから。

買わないと決めることは、我慢ではありません。むしろ、迷う対象を減らして、目の前の一台と食材に意識を集中させてくれる、静かな贅沢なんだと思っています。選択肢が多いほど自由になれる気がするけれど、実際には、選び切ったあとの身軽さのほうが、人をずっと自由にしてくれるんですよね。

蓋付きグリルひとつが、意外と全部やってくれる

では最小構成って、どこまで削れるのか。私たちの答えは、案外シンプルです。蓋の閉まるグリルがひとつあれば、実はかなりのことができてしまうんですよね。

蓋を閉めて熱を対流させると、焦がさずに、水分を保ったまま火が入っていきます。表面をこんがりさせながら、中はしっとり仕上がる。直火で表面だけ真っ黒にして中はカスカス、という日本の従来のBBQが抱えていた「面倒なわりに美味しくない」問題を、道具のロジックひとつで越えられるんです。分厚い肉でも、野菜でも、蓋を閉めてしばらく待つだけ。つきっきりでひっくり返し続けなくていいぶん、その時間を会話にまわせます。ここに温度計を足せばより安心ですし、あれば嬉しい道具はもちろんあります。でも、なくても場はちゃんと成立します。豪華な道具一式がそろわないと始められない、と思い込まなくていいんですよね。火の配置や熱源の考え方はACADEMYで体系立てて紹介していますが、まずは一台を使い倒すところから始めるので十分だと、私たちは考えています。一台とじっくり付き合うほど、その道具の癖もクセもわかってきて、結果として仕上がりも安定していきますから。

身軽さが、人を呼びやすくする

道具を最小限にすることには、もうひとつ大きなご利益があります。それは、人を誘いやすくなることなんです。これは実際に会を重ねるほど、じわじわ効いてくる部分でした。

道具がフル装備の会って、実はちょっと敷居が高いんですよね。ずらりと並んだギアを前にすると、「あんなに用意されていると、手ぶらで行っていいのかな」「詳しくない自分が混ざっていいのかな」と、来る側が身構えてしまう。逆に、グリルひとつと近所のスーパーで買った食材だけで気軽にやっていると、空気がまるで変わります。「じゃあ私も次は何か持っていこうかな」と、参加する側の心も軽くなる。準備のハードルが低いほど、また来たい、誰か連れてきたい、という気持ちが自然にわいてくるんです。

私たちが目指しているのは、「今夜飲みに行こう」と同じくらいの手軽さで「今週末BBQしよう」と言い合える文化です。装備が重いほど、その手軽さからは遠ざかってしまう。身軽であることは、上手であることより、ずっと場を開いてくれます。道具の少なさは、そのまま「誰でも入ってきていいよ」という合図になるんですよね。ちなみに、みんなで囲む食べものだからこそ、扱いや衛生の面はいつも徹底していますが、それは構えるためではなく、誰もが安心してその場に座れるようにするためなんです。

今日からできる、ひとつだけの引き算

もし今、次に買う道具を探しているなら、いったん手を止めて、逆のことを試してみてほしいんです。次の会は、今持っている道具の中からひとつだけ「今日は使わない」と決めてみる。温度計を置いていく、二台あるグリルを一台にする、いつも持っていく便利グッズを一つだけ家に残す。それくらいの小さな引き算で構いません。

削ってみると、面白い発見があります。自分がどの道具に本当に助けられていて、どれが「持っていると安心なだけ」だったのかが、はっきり見えてくるんですよね。なくても案外どうにかなった、という道具は、たぶんこの先も出番は少ない。そうやって手元が軽くなるほど、火のゆらぎや、隣の人の表情や、なんてことない会話に意識が戻ってきます。結局のところ、BBQをいちばん豊かにしてくれるのは、最新のギアではなくて、その余白なんです。予定を詰め込みすぎない時間が心地いいのと、たぶん同じことなんだと思います。

もし、手ぶらのまま身軽に火を囲む感覚を味わってみたくなったら、月1回のオープンな会があります。道具のことは私たちが用意しておくので、あなたは手ぶらで来て、ただ火の前に座ってもらえたら嬉しいです。何も持っていないからこそ、目の前の火と、その日出会う人たちに、まっすぐ向き合える。詳しくはこちらをのぞいてみてくださいね。