BBQをしていて、こんな瞬間に出会ったことはありませんか。焼き上がったお肉を頬張って、誰かが「おいしいね」と言う。みんなが「ほんとだ、おいしい」とうなずく。それはとても幸せな時間なんですけど、その言葉のあとに、ふっと会話が止まってしまうことがあるんですよね。おいしいという感想は、それ自体が完結してしまうところがあって、次の言葉につながりにくい。個人的には、あの一瞬の静けさが、昔からちょっとだけ寂しかったんです。
もちろん、それは誰も悪くない静けさです。ただ、せっかくみんなで火を囲んでいるのに、感動がそこで一区切りついてしまう。もっと続いてほしいのに、と思っている自分がいました。この小さな引っかかりが、実は僕らのBBQの一番の出発点になっています。
僕らYORON BBQが「おいしい」をゴールに置いていないのは、たぶんこの感覚が根っこにあります。味を届けたいのはもちろんなんですけど、本当に届けたいのはその先にあるもの。今日はその「先」について、専門用語を使わずに、自分たちの体験としてお話しできたらと思います。
「おいしい」は、いちばん最初の扉でしかない
もちろん、おいしくないBBQに価値はありません。近所のスーパーで買ってきた普通の食材でも、蓋を閉めてじっくり火を入れて、ラブ(スパイス)をまとわせると、驚くほどおいしくなります。そこは僕らがいちばんこだわっているところですし、その技術はACADEMYで体系立ててお伝えしています。
ただ、「おいしい」というのは、その場に生まれる体験の入り口にすぎないと思っているんです。扉を開けたその先に、もっと広い部屋がある。おいしさに感動して、みんなの顔がほころんで、そこからやっと本当のBBQが始まる、という感覚があるんですよね。おいしさは目的地じゃなくて、そこに向かうための最初のひと押し。そう考えると、焼くという行為の意味が少し変わって見えてきます。
言い換えると、僕らにとって味は「合言葉」みたいなものかもしれません。おいしいね、とひとこと交わした瞬間に、その場にいる人たちの心の向きがそろう。同じものをおいしいと感じられた、という小さな共通体験が、次の一歩をやわらかくしてくれる。だから僕らは、味に手を抜くという発想はまったく持っていません。むしろ入り口をしっかり開けたいからこそ、そこにこだわり続けています。
場の空気が、すっと変わる瞬間がある
BBQをしていると、途中でふっと場の空気が変わる瞬間があります。うまく言えないんですけど、それまで少しよそよそしかった人たちが、いつのまにか肩の力を抜いて笑っている。初対面同士が、火を挟んで昔からの知り合いみたいに話している。あの空気の変わり目こそが、僕らがいちばん届けたいものなんです。
その瞬間って、たいてい前触れもなくやってきます。誰かが焦げそうなお肉に慌てて、みんなで笑って、そのあたりから急に距離が縮まる。うまくいかないことすら、火のまわりでは笑いに変わっていくんですよね。きれいに整った食卓では起きにくい、この少しの雑さと余白が、人の垣根を溶かしてくれるのだと思います。
これはお店でおいしいものを食べたときの満足とは、少し種類が違う気がしています。サウナで整ったあとの感覚とか、森の中を歩いたあとの静かな気分に近いかもしれません。体の内側で何かがほどけて、その場にいる人との距離が自然に近づいていく。食べるという毎日の行為の中で、そういう変化が起きるところに、BBQのすごさがあるんじゃないかと個人的には思っています。
そしてこの変化は、豪華な塊肉を一つドンと出すよりも、いろんな種類のものを少しずつ、熱々のまま囲んでいるときのほうが起きやすいんですよね。次はこれ焼いてみようか、この野菜どうやって切る、と手を動かしながら言葉が行き交う。料理そのものが会話のきっかけになっていく。塊肉は主役が一人になりがちですけど、少しずつ何度も焼く時間は、全員が代わるがわる主役になれる。だから僕らは、多品種を出来立てで、を大事にしています。
言葉がなくても、心地よい時間
もう一段先の話をさせてください。場が温まったあと、時々おとずれる、誰も何も話していないのに気まずくない時間。あれが僕は本当に好きなんです。
蓋を閉めたグリルの中で、肉がゆっくり育っている。その火をなんとなく眺めながら、みんなが黙っている。無理に話題を探さなくていい。沈黙が気まずくない。あの「無言でも心地よい」という状態は、なかなか意図してつくれるものではありません。でもBBQの火のまわりには、それがふっと生まれることがあるんですよね。
火には、不思議と人を黙らせる力があります。パチパチという音や、揺れる炎や、立ちのぼる湯気を見ていると、頭の中のざわざわが少しずつおさまっていく。スマホに伸びかけた手が、なんとなく止まる。そういう時間を、隣にいる人と何も言わずに共有できることが、僕にはとても豊かなことに思えるんです。
AIやテクノロジーで暮らしはどんどん便利になっていく一方で、こういう何でもない時間を人と共有する機会は、静かに減っている気がします。会わなくても用は足りる時代だからこそ、同じ火を囲んで、言葉のいらない時間をただ一緒に過ごす。それが以前よりずっと贅沢なことになってきたと感じています。僕らが目指している場は、たぶんこの一点に集約されるのだと思います。
ホストとして、僕らが手を止めるとき
この「おいしいの先」を大事にすると決めてから、ホストとしての振る舞いも少し変わりました。以前は、次から次へと料理を出して、間を空けないことがおもてなしだと思っていたんです。でも今は、あえて手を止める時間を大切にしています。
火が肉を育てているあいだ、こちらもちょっと座って、一緒に飲む。忙しく動き回るホストがいると、その場のみんなも落ち着けないんですよね。焼き手が肩の力を抜いていると、場全体がゆるむ。逆にホストが気を張りすぎていると、その緊張はまわりにも伝わってしまう。だから僕らは、ホストが一人で抱え込まないやり方を選んでいます。トングを他の人に渡して、一緒に焼く。誰かに焼く役をゆだねることは、手抜きではなくて、その人をこの場の一員として迎え入れることなんだと思っています。その様子はチームのページでも少し触れています。
ちなみに食の安全については、こうした「ゆるさ」とは切り離して、しっかり線を引いています。鶏・豚・牛それぞれの火入れの温度は基準を決めて必ず確認しますし、道具の扱いも標準を固めています。ここは徹底しているところです。安心して火を囲めるからこそ、心はゆるめられる。その土台は僕らの責任として崩しません。
今日、あなたのBBQでできる小さな一歩
もし今度BBQをする機会があったら、一つだけ試してみてほしいことがあります。料理が一段落したところで、次を焼き始めるのを少しだけ待ってみてください。そして、その場にいる人と一緒に火をぼんやり眺めてみる。それだけで、会話のリズムが変わることがあります。
もう一つ足すなら、焼く役を独り占めしないこと。トングを隣の人に渡して、一緒に焼いてみてください。任せることで、その人の表情がふっとほどけるのを見られるはずです。ちょっとした失敗も含めて、その時間そのものがごちそうになっていきます。
「おいしいね」で終わらせない、というのは、味に手を抜くことではまったくありません。おいしさをきっかけにして、その先にある空気の変化や、言葉のいらない時間まで一緒に味わおうとすること。僕らにとってBBQは、そのための一番やさしい入り口なんです。
YORON BBQでは、月に一度、誰でも手ぶらで参加できる会をひらいています。上手に焼ける人になる必要はまったくありません。ただ同じ火を囲んで、おいしいね、のその先の時間を一緒に過ごせたらうれしいです。よかったら、今度の会にふらっと来てみてくださいね。