BBQが本当に楽しかった日って、振り返るとどのシーンを思い出しますか。火を囲んで笑った時間ももちろんなんですけど、個人的にけっこう大事だなと思っているのが、じつは「終わり方」なんですよね。熱々のお肉を食べ終えて、グリルの火も落ち着いてきて、さあそろそろ、という、あの少しだけ名残惜しい時間。ここがどう流れるかで、その日の記憶の後味がずいぶん変わるなと、現場で何度も感じてきました。

楽しい時間の設計については、みんな一生懸命考えるんです。どんなお肉を用意するか、火をどう起こすか、どんな音楽を流すか。そこには手間も愛情もたっぷり注がれます。でも「どう解散するか」まで含めて会をデザインしている人って、意外と少ないんじゃないでしょうか。幕の開け方には気を配るのに、幕の下ろし方はなりゆき任せ。もったいないなと思うんです。今日は、その去り際のつくり方について、少し書いてみたいと思います。

片づけは、いちばん疲れた一人に残しがち

よくある光景があります。盛り上がって、食べて、飲んで、満ち足りたところで、ぽつぽつと人が帰りはじめる。そして気づくと、グリルの前に立ちっぱなしで焼いてくれていたホスト一人が、油まみれの網とトングを前に取り残されている。みんなが「今日ありがとう、最高だった」と笑顔で手を振って去っていくほど、残された一人の静けさが際立つんですよね。日が傾いて、さっきまでの賑わいが嘘みたいに静かになったテーブルの上に、空いた紙皿と使い終わったトングだけが残っている。あの風景を、私は何度か見てきました。

これって、けっこう寂しいことだと思うんです。いちばん場を支えてくれた人が、いちばん楽しくない時間を一人で引き受ける。本人は「自分がやればいいから」と笑っているかもしれません。でも、それが当たり前になってしまうと、「次も自分がホストをやろう」という気持ちは、どうしても少しずつ削られていきます。会って、一度きりで終わるものじゃなくて、また次が生まれてはじめて続いていくものですよね。だからこそ、支えてくれた人がすり減らない設計が要るんです。地味だけど、見逃せないポイントだなと感じています。

以前にこの読みものでも、焼き手はヒーローじゃなくていい、役割を抱え込まないほうが場はおいしくなる、という話を書いたことがあります。じつは片づけも、まったく同じなんですよね。焼く役割を分け合うのと同じ温度で、片づける役割も、最初からみんなのものにしておけるといいんです。誰かの我慢の上に成り立つ楽しさは、どこかでほころびます。みんなで少しずつ担うから、誰も欠けずに続いていく。

「片づけを分け合う」は、仕込みの段階で決まっている

片づけをスムーズに分け合えるかどうかって、片づけがはじまってから頑張ることじゃないんです。じつは会がはじまる前、仕込みの段階でほとんど決まっているなと思っています。終わってから「さあ手伝って」と声をかけても、もう人は帰りの体勢に入っていますから。

たとえば、ゴミ袋を一つだけぽつんと置くのではなく、燃えるゴミ・缶やびん・炭の残りと、最初から分けて口を開けておく。使い終わった皿を置く場所を一か所に決めておく。そういう「迷わない仕組み」が用意されていると、人は自然と手を動かしはじめるんですよね。逆に、どこに何を片づけていいか分からないと、善意のある人でも手が止まってしまう。片づかないのは、その人がサボっているんじゃなくて、片づけ方が見えていないだけ、ということが本当に多いんです。人の気持ちを責めるより、仕組みを整えるほうがずっと早い。これは片づけに限らず、場づくり全般に通じることだなと思っています。

この「最初の段取り」という考え方は、食の安全にもそのまま当てはまります。YORON BBQでは、生肉を扱ったトングやまな板は、焼き上がったものに触れる道具と必ず分けています。そして、使い終わった道具は、その都度まとめています。衛生って、あとから気をつけるものではなく、最初の段取りで決まるもの。だから徹底しています。こうした段取りを最初から見える形にしておくと、衛生と片づけのしやすさが、じつは同じ一本の線でつながってくるんですよね。道具の置き場所が決まっているということは、どれが生肉用でどれが仕上げ用かも一目で分かるということ。きれいに回る会は、安全にも強い。そう実感しています。

「ちょっとだけ手伝って」が言える空気

道具がそろっていても、最後のひと押しは言葉だったりします。「片づけはいいよ、座ってて」と言ってしまう優しさも分かるんですけど、個人的には、そこであえて「このお皿だけ重ねてもらっていい?」と小さくお願いしてみるのがいいなと思っています。遠慮して全部抱え込むより、小さく頼れるホストのほうが、じつは場を軽くしてくれるんですよね。

人って、ぜんぶ任されると気が重いけれど、「これだけ」と役割が小さく区切られていると、すっと動けるんですよね。しかも、並んで網を洗ったり、炭を片づけたりしている時間って、不思議と会話が深くなる。正面で向き合うと身構えてしまう話も、横に並んで手を動かしていると、ぽろっとこぼれたりする。手が忙しいぶん、言葉のほうは肩の力が抜けるのかもしれません。焼く前にみんなでお肉に下味をすり込む時間、私たちはこれを親しみを込めて「ラブをまぶす」と呼んでいるんですけど、あの時間が距離を縮めてくれるのと同じで、片づけの時間にも、同じ種類の静かな距離の縮まり方があるなと感じています。

ここはまさに、YORON BBQが届けたい「場」の核心だと思っています。おいしさそのものではなく、会話の質が変わる瞬間、言葉がなくても心地よい時間。片づけって、じつはそれがいちばん自然に起きる場面なのかもしれません。みんなが少しずつ手を動かしながら、今日のいちばん面白かった瞬間をぽつぽつ振り返る。その何でもない時間が、あとからいちばん記憶に残っていたりするんですよね。

去り際を、急がせない

もう一つ大事にしたいのが、終わりの時間に余白を残しておくことです。片づけが済んで、さあ解散、とすぐに散ってしまうのは、少しもったいないなと思うんですよね。火が落ちて、あたりが少し静かになって、残った炭がじんわり暖かい。空の色が変わりはじめて、風が少し涼しくなってくる。あの時間に、立ったまま少しだけ話す。この余韻が、その日を「良い日だった」と記憶に変えてくれる気がしています。

だから会を組み立てるときは、終了時刻ぎりぎりまで焼き続ける予定にしないほうがいいんです。最後まで目いっぱい詰め込むと、いちばん大事な余白が削られてしまう。YORON BBQが5〜6時間で完結するスタイルを大事にしているのも、ここにつながっていて、時間に追われずに去り際の余白まで味わえる長さだから、というのが大きいんですよね。慌ただしく解散すると、せっかくの一日が「楽しかったけど疲れた」で終わってしまう。同じ時間を過ごしても、最後のひと呼吸があるかないかで、後味はまるで変わります。その最後のひと呼吸を、どうか削らないでほしいなと思います。

解散のしかたが、次の「またやろう」をつくる

片づけを分け合えて、去り際にちゃんと余韻があった会は、帰り道で自然と「次はいつやる?」という言葉が出てくるんですよね。逆に、誰か一人に負担が偏った会は、楽しかったはずなのに、どこか次の約束がしづらい。無意識に「また誰かに負担をかけるな」と感じてしまうのかもしれません。解散のしかたは、その日の記憶を決めるだけじゃなくて、次の一回が生まれるかどうかまで決めているんだなと、最近つくづく感じています。

「今夜飲みに行こう」と同じ気軽さで「今週末BBQしよう」と言い合える。そんなカルチャーをつくりたくて、私たちは火を囲んでいます。その気軽さは、じつは終わり方の設計から生まれているのかもしれません。片づけまでを会に含めること。それは手間のようでいて、いちばん人の心をほどく時間を、もう一つ増やすことなんだと思います。

もし今度あなたがホストをするなら、ひとつだけ試してみてほしいことがあります。ゴミの分別の口を最初から開けておくこと、皿の置き場を一か所決めておくこと、そして終わりの時間に十五分だけ、何もしない余白を残しておくこと。たったそれだけで、去り際の空気がふっとやわらかくなるはずです。今日からできる、小さな一歩です。

月に一度のBBQは、手ぶらで、はじめての方も気軽に参加していただけます。焼く時間はもちろん、片づけながらぽつぽつ話すあの時間も含めて、よかったら一度、同じ火を囲みに来てみてください。次回の会のご案内はこちらでお待ちしています。