バーベキューを何度も焼いていると、だんだん「決まった味」ができてくるんですよね。ラブ(スパイス)をしっかりまぶして、火をていねいに入れて、キリッと香ばしく仕上げる。炭の匂いが立ちのぼって、脂がじゅっと跳ねて、その上にスパイスの香りが重なる。これはこれで本当に美味しくて、最初のひと口はみんな「うわ、すごい」と声が出ます。僕も焼き手として、あの一瞬の歓声のために火と向き合っているところは正直あります。ただ、個人的にずっと引っかかっていたことがあって。強い味の肉が二皿、三皿と続くと、途中から場がちょっとだけ静かになる瞬間があるんです。お腹はまだ空いているのに、なんとなく箸が止まる。みんな美味しそうに食べてはいるんだけど、言葉が減っていく。あの感じ、心当たりのある方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。
塩気一辺倒で、どこか疲れていた
正直に書くと、僕らのバーベキューはしばらく「しょっぱい方向」に寄っていました。ラブはパンチが効くので、鶏でも豚でも、まぶして焼けばまず外れません。失敗しないんですよね。だから、つい頼ってしまう。でも、どれを食べても味の輪郭が似てくるというか、全部が「強くて美味しい」の一色になってしまう。スペアリブもチキンも、気づけば塩気が中心で、味の高さはあっても、味の幅がなかったんですよね。
たとえるなら、大きな声でしゃべる人ばかりが集まった席のような感じでしょうか。一人ひとりは魅力的なのに、全員が全力で主張していると、だんだん聞いているほうが疲れてくる。料理の味も、それと同じなんだなと思うんです。強さは人を惹きつけますが、強さだけでは人は長く居心地よくいられない。
あんちゃんが焼く鶏肉と自分の鶏肉を食べ比べたとき、その差がはっきり分かりました。同じラブを使っているのに、あんちゃんのほうが明らかにやわらかい表情の味がする。ざらめや砂糖を足して甘みを探ってみたりもして、少しずつ近づいてはいたんですけど、どうしても「強いけど一辺倒」から抜けきれない。味づくりって、高くするより幅を出すほうがずっと難しいんだなと、このときに感じていました。
ハニーマスタードの鶏肉で、はっとした
転機になったのが、仲間に教えてもらったハニーマスタードの鶏肉でした。ラブに加えて、マスタードと蜂蜜、それにおろしニンニクとおろし生姜。これを合わせて鶏肉を焼いてみたら、本当にびっくりしたんです。パンチはちゃんとあるのに、後味に優しさがある。強い味なのに、角が立っていない。食べた人が「あ、これ好きかも」と、ふっと表情をゆるめる。個人的には、ここ最近のメニューのなかでいちばんハマっているくらいです。
何が効いたかというと、たぶん「甘み」なんですよね。塩とスパイスだけだと味は一直線に強くなっていくんですけど、そこに蜂蜜の甘さが入ると、味に行き止まりじゃなくて余白ができる。しょっぱさで押し切るんじゃなくて、甘さがふわっと受け止めてくれる感じ、と言えばいいでしょうか。口に入れた瞬間はスパイスがちゃんと効いているのに、飲み込んだあとに、ほんのり甘い余韻がのこる。その余韻が、次のひと口を急がせないんです。ラブに頼りきっていた自分にとっては、使える武器がひとつ増えたというより、味の見えている範囲そのものが広がったような感覚でした。
味の緩急は、そのまま場の緩急になる
ここからが、今日いちばんお伝えしたかったことです。味に緩急をつけると、場の空気にも緩急が生まれるんですよ。これは何度かバーベキューを焼くうちに、だんだん確信に変わってきました。
強い味の料理は、場を盛り上げます。「うまっ」「これ何かけてるの?」と、声が上がって、テンションが一段上がる。これは絶対に必要な瞬間です。場に火をつけてくれる一皿は、間違いなく主役になれる。でも、強い料理ばかりが続くと、人はだんだん受け止める側に回って、だまって食べることが増えていくんですよね。味が主役になりすぎて、人の会話が脇に寄ってしまう。盛り上がっているように見えて、実はひとりひとりが自分の口の中と向き合っている時間なんです。
そこに優しい味の一皿がひとつ入ると、空気がふっとほどけます。みんなの肩の力が抜けて、「これ、ほっとするね」みたいな、何でもない言葉が自然に出てくる。味が強く主張してこないぶん、意識が料理から人へ戻ってくる感じ、とでも言えばいいでしょうか。僕らがいちばん大事にしている場の空気は、盛り上がりの絶頂じゃなくて、むしろこういう、だれかが何気なくつぶやける緩んだ時間のほうだったりします。優しい味は、その時間をそっと準備してくれるんですよね。
強い味は会話を止めて、優しい味は会話をひらく
言い方を変えると、強い味は「体験そのもの」になりがちで、優しい味は「会話のための余白」になりやすい、ということなのかなと思っています。人って、味がガツンと来ているときは、その味に集中してしまうんですよね。それが悪いわけじゃなくて、必要な山なんです。ただ、山ばかりだと息が切れる。登りっぱなしの登山に、途中の平らな道がないようなものです。
バーベキューは、焼いて、食べて、片づけてまで含めると長い時間です。その長さを楽しい時間として過ごしてもらうには、味にも波がいる。強い一皿で盛り上げて、優しい一皿でほどいて、また次の一皿へ。この波があると、食べ疲れしないし、会話も途切れにくい。僕らにとって味の設計は、料理の技術というより、場のリズムの設計に近いんです。どのタイミングで強い味を出して、どこで優しい味をはさむか。それを考えている時間は、焼き手にとってはちょっとした演出家の気分でもあります。甘みをひとつ足すという小さな工夫が、最終的には「今日は話せたな」という感覚につながっていく。そう考えると、味づくりってちょっと愛おしくなってきませんか。
今日からできる、ひとさじの優しさ
もし次にバーベキューをされる機会があったら、ひとつだけ試してみてほしいことがあります。いつものラブの料理のなかに、「甘みのある優しい一皿」を意識して一品だけ混ぜてみてください。むずかしく考えなくて大丈夫です。鶏肉に蜂蜜とマスタードを合わせるだけでも、味の景色がぐっと変わります。普通のスーパーで手に入るもので十分なんですよ。特別な道具も、珍しい材料もいりません。
順番も少し意識してみるといいかもしれません。強い味ばかりを前半に固めず、間に優しい一皿をはさむ。そうすると、食べ手の表情がゆるむタイミングが生まれて、そこで自然と会話がひらきます。焼き手としては、料理で場のリズムをつくっている感覚になれて、これがなかなか楽しいんですよね。普段のメニューに一皿、優しさの逃げ場をつくってあげる。たったそれだけのことなんですけど、効きます。そしてたぶん、この考え方はバーベキューに限った話でもないんですよね。強い言葉ばかりの会話より、ときどき優しい一言がはさまる会話のほうが、長く続く。味の話のようでいて、人と人の間の話でもあるのかなと、焼きながら思ったりします。
強く、美味しく、だけじゃない。優しく、ほっとする一皿があるからこそ、その日の食卓はやわらかくなる。僕らはそう信じて、毎回の火を囲んでいます。月に一度、だれでも手ぶらで来られるバーベキューをやっています。強い味もあれば、優しい味もある、そんな波のある時間を、よかったら一緒に過ごしませんか。隣で焼きながら、何でもない話をしましょう。